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2019. 10. 17  
次の主日はローマ2:1-16を分かち合います。

その初めはこうです。「だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。」

「弁解の余地はない」、すなわち、言い訳は立たない。

この言葉は珍しくて、こことローマ1:20の二回しか用いられていません。

1:20は、「・・神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません」とあります。

これは、神に背くような乱れ切った異邦人社会を糾弾する言葉です。

ギリシア人であれ、日本人であれ、聖書の神を知らずに生きている異邦人ですが、たとえ聖書を読まずとも、神についてある程度知り得るほどのことが、この被造世界には示されています。

大自然に圧倒されることで、なんとなく「神々しさ」を覚えて祈ったりするのです。

だから、「神様がいるなんて知らなかったから・・」などとの言い訳は立たない、というのです。

ひるがえって2:1からは、「人を裁く者」たちへの呼びかけです。

それは、神の民と自認しておごっているユダヤ人のことを指すと言われます。

1:20では異邦人たちに言われたように、今度はユダヤ人に対しても「言い訳はできない」と言うのです。

自分のことは棚に上げて、神から遠く離れた愚かな世界よ、滅びてしまえなどと言ってる場合じゃない。

あなた自身が問われているのですよ。

「いや、わたしはずっと神様のことを知っているのだから・・」との言い訳は立たない。

大事なのは、あなたが神の御心に生きるかどうかだと、この後迫られていくのです。


共に祈りましょう。

主よ、私たちそれぞれに、他人を裁きながら、自分を棚に上げているような愚かな者です。主よ、言い訳さえもできないものです。キリストのゆえに、あなたの恵みによって今日もきよめてください。
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