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2013. 03. 28  
「つまり、神はキリストによって世をご自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。・・・キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。

罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができました。(Ⅱコリント5:19-21)」


大きな事故を犯して、「赦してください・・」とうなだれた経験はございましょうか。

例えば、こんなのは軽いものではありますが、私が営業マンであった時のことです。

あるミスで、得意先に大きな損失を与えてしまった時に、本当に悩みました。

でも考えてみてください。そのミスの責任が問われないで、向こうから「和解」の手がさしのべられるのです。

私の犯したミスは、向こうが身銭を切って処理してくれるというのです。

そんなことはありえません。

でも神が私たちにしてくださったことは、そういうありえない憐れみの業です。

神の栄光を大きく傷つけた私たちの「罪の責任」が問われないで、神の身銭が切られます。

御独り子イエス・キリストの命という、神の最愛の宝が、差し出されます。

それが、イエス・キリストの十字架の死の意味です。


共に祈りましょう。

愛する主よ、この受難週に、キリストの十字架の苦しみを、日ごとに覚えさせられています。あなたから赦された感謝をもって生きます。今日の日に、あなたの栄光を表すことができますように。




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