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2019. 11. 20  
次の主日は、Ⅰコリント13章の「愛の賛歌」と呼ばれる有名な箇所から共に聴きます。

改めて前後の大きな文脈を見ますと、これは12-14章全体の教えの一部であることが分かります。

全体として何が言われているかといえば、「異言ではなく預言の賜物を求めなさい」ということです。

「異言」とは?

定かではありませんが、そのままでは人には意味の分からないような、ある種の霊的恍惚状態に陥って、不思議な言葉で神様と語らうということがなされたのでしょう。

では「預言」とは?

これもまた霊的現象で、特別な示しを受けて語り出すことですが、「異言」が自分と神のあいだでだけ成立するのに対して、「預言」は他者に向かって語り、「人を造り上げ、慰め、励ます(14:3)」ものです。

だから、「異言」よりも、「預言」の賜物をこそ求めなさいと、教えられます。


昔、神学校時代に、コミュニケーションの難しい方がいらっしゃって、結局去ることになりました。

彼について、このように言う人がいました。「あの人は、神様と親密だと思うけど、自分だけの神様なんだよね・・」

「異言」は、自分と神様だけの親密さを追い求めるために必要かもしれませんが、それでは他者との交わりから遠くなります。

すなわち、愛するということと反対の方に向かいます。

「預言」は他者へと向かう、愛の言葉です。

いや、もっと本質的には、愛がなければ、「預言」は成り立たない。どれだけ雄弁であっても、愛がなければ、空しく過ぎゆく声に過ぎません。

だから、「預言」を求め、愛を求めなさいと教えられているのです。


共に祈りましょう。

主よ、説教者のために祈ります。彼がまことの愛をいただいて、人を造り上げ、慰め、励ます、愛の言葉を取り次ぐことができますように。また、今日もひとりひとりが、出会う方々に、愛の言葉を語ることができますように。
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