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2019. 11. 21  
次主日はⅠコリント13章に共に聴きます。愛の賛歌と言われる大変有名な箇所です。

多くの人に感動を与えてきたテキストです。

しかしこの手紙の送り手である使徒パウロは、ここで愛一般について、なにか高尚な哲学的思索をしているわけではありません。

それぞれが自己主張強く神に仕えている、極めて具体的で生々しいコリント教会の混乱という現実があって、それを具体的に解決するためには、愛がなきゃだめなのだと訴えているのです。


先の主日に、子どもたちへのメッセージで、「聖書に書かれていることを漢字一文字で表すなら、愛だよ」と申し上げました。

キリスト教とは愛の宗教だとしばしば言われますが、本当にその通りです。

イエスに愛された者たちが、互いに愛し合う。要するにこれが、イエス様の教えです(ヨハネ15:12)。

神様を愛してはいるけど、隣人は無視するというのは、本来ありえません。

祈りや礼拝に集中するのはいいことです。でも、もしもその結果として、礼拝中に隣の人が困っているのに気づかないようなら、何かがおかしい。

それでは結局、神の教え、イエス様の教えを無視していることになる。

パウロは、隣人への愛こそ、聖書のすべてだと言い切りました。

ローマ13:8-10「・・どんな掟があっても、『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます。・・愛は律法を全うするのです。」

神様を愛しなさいという教えを無視しているわけではありません。

そんなのは大前提です。神を愛するのは、クリスチャンなら当たり前です。

でも、互いに愛し合おうとしないなら、神を愛していることにはならないのです。


共に祈りましょう。

主よ、愛を与えてください。まず教会が、真実に互いに愛し合うことができますように。互いに相手をすぐれた者として尊敬し、兄弟愛をもって愛し合うことができますように。
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