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2020. 01. 10  
次の主日は創世記の2章全体を分かち合う予定でしたが、内容が豊かすぎるので、18節以下は断念します。

18-25節は、人に合う「助ける者」として女が創造されるという、感動的な場面です。

「助ける者」とは、僕のようにサポートする助手のことではありません。

「助け(エゼル)」は通常、私たちに神様が与えてくださる特別な助けで、それほどの助け手、つまりこの人抜きには自分の存在が成り立たないほどの「助け」ということです。

ですから、結婚の準備をされる方々には、私はしばしばこう申し上げます。

あなたがたはそれぞれ、お前はひとりでは生きていけないのだと、神様から宣言されたに等しいのですよ。

結婚をしないで生きていくという道を、神様から示される方もいます。

でも結婚という道が示されたということは、神があなたがたそれぞれに、「助け」が必要だと判断されたからです。

ですから、これ以降、決して傲慢であってはなりません。

パートナーの存在を、決して軽んじてはなりません。

この「助け」抜きには生きられない。そういう存在として、互いに尊敬しあってください。そういう存在にふさわしくなるべく、互いに努めてください。


共に祈りましょう。

主よ、結婚の祝福をいただいたすべての者たちが、今日の日に、互いを重んじ、共にあなたの素晴らしさを映し出すことができますように。結婚の願いを持つ者たちに、ふさわしい備えがありますように。
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