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2020. 01. 21  
先の主日には創世記1:26-28より、神が特別な思いを込めてくださった人間の創造について学びました。

私はしばしば「人間の尊厳」という言葉を用います。

それは、神を知らぬ人々にも通じる言葉であり、訴えかける力をもつ言葉だからです。

しかし、悩ましいことであるのですが、近代の啓蒙主義において表明された「人間の尊厳」という概念と、同一視されてしまう危険があります。

後者の場合、それは手放しの人間礼賛であり、人間は神よりも上位に立つのだとする傲慢な考えが潜んでいます。

聖書が教える「人間の尊厳」とは、もちろんそういうものではありません。

ですから、むしろ「神の子の尊厳」と言ったほうがいいのではと、お伝えくださる方がいらっしゃいました。

神にかたどって、「造ろう!!」との特別な決意と愛情をもって創造された、神の最愛の作品、「神の子」としての人間の尊厳。

それは、どこまでも神に従属的で、神のご意志の下にある時にのみ、はじめて真実に安らうことができる。そういう存在。

まさにその通りだと思います。

これからも「人間の尊厳」という言葉を使うとは思いますが、私の意図していることは、「神の子の尊厳」であるのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたの愛の下で生み出された私たちは、あなたから離れて生きることはできません。主よ、今日も共にいてください。そして私たちを、あなたと共にあらせてください。
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