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2020. 01. 30  
「それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなる」と、蛇は女をそそのかしました(創世記3:5)。

「善悪を知る」それは、ものの良し悪し、美醜、うまいまずい、あるいは自分にとって何がが幸いで何が不幸なのかといった、価値判断を行うということです。

そういうことを自分のものさしで判断する自律を得るということです。

その反対は、価値判断を全部神様にお任せして、神が良しとするものを良しとし、幸いとして与えてくださるものを幸いだとするという「全き信頼」です。

園の中央の木の実を食べることで、人間はそういう神への「信頼」状態から抜け出して、自分で自分を律する独立を得る。

それは、木の実そのものにそういう特別な力があったということではないと、私は解釈します。

そうじゃなくて、神様が食べないようにと言っておられたのに、その言葉に「信頼」しないで、自分で判断して食べてしまったということそのものが、人間にとって神からの独立だったのです。

今まで神に全面的にお任せしてきたことを、自分でするようになった、それが「善悪を知るようになった」ということです。

言い換えれば自分を自分の神として、神様よりも上に置いて、自分の考え・判断を絶対と信じて行動するようになるということです。

まさに蛇が言ったように「神のように」なったのです。

「神になった」というわけじゃありません。創造主と同じものには決してなれない。でも、「まるで神のように」ふるまい始めたのです。

その時確かに蛇が言った通り、目が開かれたことでしょう。

今までの自分たちの純朴な信仰の世界とは全然違う、理性的な新しい世界が広がったように見えたでしょう。

しかしそれは、人間にとって決して幸せな道ではなかったのです。

神から独立して自力運転を始めたことで、危うい、幼い、貧弱な存在である私たち人間が、ますます危ういバランスの取れない存在となって、互いに疑い合い、殺し合うという破滅の道に進んでいくのです。


共に祈りましょう。

主よ、幼子を抱く母親のごとく、あなたが注いでくださる慈しみの眼差し、その親心・・。しかし私たちは、あなたの愛を信頼しきれず、あなたの御心から離れてしまいます。主よ、素直にあなたに従うことができますように。



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