FC2ブログ
2020. 03. 12  
創世記17章は、老齢の妻サラから子が産まれるという約束が、はじめて与えられるところです。

この約束に触れて、「アブラハムは笑ってしまった」とあるのを見逃せません。

17:17「アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、ひそかに言った。『100歳の男に子が生まれるだろうか。90歳のサラに子どもが産めるだろうか。』」

この「笑い」は、やはり悪い意味での失笑でしょう。18:12では、サラもまた同じように、ひそかに笑ってしまう。

このようにして神の言葉に対して失笑してしまう、これほどにひどいことがあろうか、これは絶望的だと痛烈に断じる神学者の声も紹介しました。

確かにそうかもしれません。絶望的かもしれません。そうだとしたら、私たちは誰も、同じように絶望的ではないでしょうか。

アブラハムは神と共に生きる者です。神にひれ伏し、神に従う者です。でも、ひれ伏しつつも、とてもそこまでは信じきれないと失笑してしまう・・、そういう弱さを、誰もが抱えているのではないでしょうか。

私は、この記事を読みながら、マルコ9:14からの、我が子の癒し救いを切実にイエス様に求める父親の姿を思い出しました。

彼は、「おできになるなら救ってください」と言います。それを聞いてイエス様は、「『できれば』などと言うのか。信じる者には何でもできる」と、圧倒的な言葉で答えられます。

私は、こんなことを言われたら、とてもつらいです。

初めて聖書を読んだときに、失笑ばかりしていた自分を思い出します。とても信じられない。そういう思いでした。

でも、この父親が主イエスに申し上げた叫びの言葉が、若き日の私の心にも深く迫ってきたのを思い出しています。

「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」マルコ9:24

先の主日の説教で、この叫びを口に出したら、涙が込み上げてきました。


共に祈りましょう。

主よ、私たちは、あなたに対して絶望的な態度をとり続けているかもしれません。どうか、主イエスの十字架のゆえにお赦しください。あなたを信じる信仰の確かさも、あなたから与えていただかねば、決して持つことはできません。主よ、今、世界が騒いでいるとき、経済的な大混乱の控えているとき、病に苦しんでいる方、生活に困窮している方のことを思います。主よ、私たちをお助けください。信仰のない私たちをお助けください。
スポンサーサイト



NEXT Entry
2020年3月13日 義務としてではなく
NEW Topics
2020年5月30日 詩編36篇の祈りに合わせて
2020年5月29日 ニネベの悔い改め
2020年5月28日 人格的な信仰
2020年5月27日 互いに励まし合いたい
2020年5月26日 わたしのために祈ってください
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

茅ヶ崎の牧師

Author:茅ヶ崎の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR