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2012. 09. 26  

今日も「義に飢え渇く」ということを意識していきましょう。

ある姉妹が伝えてくださいました。「効率ばかりが重んじられる労働の現場では、神様のことを見失いそうになってしまう・・。」

私たちは、多かれ少なかれ同じような日常を過ごしているのではないでしょうか。

「見失いそうだ」と気づけているのは、神様とつながっている良いしるしです。

もっと深刻なのは、あまりにも世に呑み込まれてしまって、自分の魂が「渇いている」ことすら、忘れてしまっていることです。

渇きすぎると、渇いていることを忘れるのです。

主の呼びかけに聞きましょう。

「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。・・・耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。聞き従って、魂に命を得よ。(イザヤ55:1-3より)」


共に祈ります。

命の水の源なる主よ、今日私たちの心が渇くとき、あなたの愛と慈しみと慰めによって、豊かに潤わせてください。涙も涸れてしまった兄弟姉妹もいます。その心に、命の泉を与えてください。
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