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2014. 01. 15  
ホセア6:1-3には、こんな悔い改めの言葉があります。

「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし、我々を打たれたが、傷を包んでくださる。・・我々は主を知ろう。主を知ることを追い求めよう。・・・」

良い御言葉だなあと、暗唱聖句にしたくなります。

でも、これらの言葉は、口先だけの「偽りの悔い改め」であると考えられています。

ドキッとして動揺してしまうのは、私だけでしょうか・・・。

こういう偽りを語る私たちに対して、「わたしはお前をどうしたらよいのか?」と神は嘆いておられます(ホセア6:4)。

「お前たちの愛は朝の霧、すぐに消えうせる露のようだ」と。

そして、こう続きます。「わたしが喜ぶのは、愛であっていけにえではなく、神を知ることであって、献げ物ではない。(ホセア6:6)」

形式的ないけにえではなく、真心からの神への愛を・・・。

「神を知る」、すなわち、神と一つに結ばれるほどの深い人格的交わりを・・・。


私たちの愛が朝の霧のようであっても、私たちを愛してくださる神の愛は、とこしえに、消え去ることはありません。

だからこそ、「お前の愛がほしい」との神からのリクエストを、また招きを、この朝心に刻みましょう。


共に祈りましょう。

主よ、あなたを真実に愛し、信頼し、大切にすることができますように。隣人を真実に愛せますように。自分を真実に愛せますように。あなたを「知る」ことの、本当の喜びを、今日私に教えてください。
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