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2014. 02. 06  
昨日の朝の祈祷会では、創世記15章から、信仰の本質としての「待つ」ことを教えられました。

不妊の妻サライに子が与えられるとの神の約束が、いつまでたっても成就しない。

そういう中でアブラムはさらに、この先400年のヴィジョンを神から示されました(13-16節)。

400年・・気の遠くなるような時間です。まだ、手応えは何一つないのに・・・。

でも、目の前の現実に一喜一憂せず、神の計画に身をゆだね、いのちを約束してくださった神を信頼して、いつまでも「待ち望む」、

それが「信じる」ということだと教えられているように思います。

祈祷会の後である方が、心のスケールが大きくされたと喜んでおられました。

皆さんが今日、神様の広く、高く、深く、大きな恵みのスケールを覚えながら、のびやかに歩まれることを祈っています。

「わたしの魂は沈み込んでいても、再び心を励まし、なお待ち望む。
主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。
それは朝ごとに新たになる。あなたの真実はそれほど深い。
主こそわたしの受ける分と、わたしの魂は言い、わたしは主を待ち望む。(哀歌3:20-24)」


共に祈りましょう。

主よ、またこの朝、あなたの憐れみ、あなたの慈しみを新たに覚えさせていただきました。主よ、今日もあなたにこの身をゆだねます。窮屈な心を解き放ち、永遠に触れる喜びを得させてください。

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