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2014. 02. 15  
「飼い主のいない羊のように弱り果てている」罪人の有様を見て、「深く憐れまれた」イエス様は、彼らの救いのために「働き人を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」と言われました(マタイ9:38)。

大事なのは、「願いなさい」と命じられていることです。

「働き人になりなさい」ではなく、「収穫の主に願いなさい」と。

イエス様と同じ思いになって、つまり、ハラワタちぎれる思いで世界の霊的荒廃を見つめ、本気で祈れ!!願え!!と、命じられているのです。


ただ「願う」だけなんて無責任だと考える必要はありませんし、考えるべきではありません。

私は今年になってから、「祈ることしかできない」という言葉は、もう使うまいと思わされています。

祈ること、願い続けることは、そんな簡単なことではないと私たちは知っているはずです。無責任なことではないのです。

働き手を送ってくださいと、本気で私たちが祈るなら、必ず収穫の主は答えてくださいます。



共に願いましょう。そうせよと、命じられているのです。

収穫の主よ、天国へと人を刈り取ってくださるあなたの力を信じ、願います。どうか、働き手を送ってください。

私自身のために、私の家族の救いのために、私の友の救いのために、駅ですれ違うたくさんの人々の救いのために、カンボジアの子どもたちの救いのために・・・どうか、霊的危機にあるすべての人たちのために、働き手を送ってください。
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