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2014. 04. 23  
Ⅰコリント15章の35節からには、復活の時にはどんな体によみがえるのかが、丁寧に記されています。

いくつか言葉を拾っていきます。

「また、天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きは異なっています。(40節)」

「蒔かれる時は朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれる時は卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。(43節)」

「わたしはあなたがたに神秘を告げます。・・・わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。(51節)」

このように、復活の時に与えられる栄光の体は、地上の肉体とは全然ちがうものであることが分かります。


秦の始皇帝をはじめとして、権力者は永遠に生きることを望みますが、それは絶頂にあるからであって、

ほとんどの人には、ただ永遠に生きるだけなら、それは苦しみでしかありません。

もちろん権力者にとっても実際は、病と苦悩の日々が待つのですが・・。

私たちは罪人であるがゆえに、生きることは悲惨に満ちています。

しかし、イエスが与えてくださる「永遠の命」とは、ただ永遠に生きるということではありません。

すべての罪と、涙と、悲惨から解き放たれた、「今とは異なる」命の輝きなのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたが与えてくださる永遠の命の希望を仰ぎ見て、今日の一日を生きていきます。この体を照らしてくださり、命の輝きに満たしてください。

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