FC2ブログ
2014. 06. 20  
ここのところ、様々な機会に、「夕べがあり、朝がある」ということの恵みを分かち合っています。

昨日も、仲間の牧師が、少し心が傷ついてしまったので、電話越しに共に祈り、「夕べがあり、朝がある」と確認しました。


「夕べがあり、朝があった。第一の日である。(創世記1:5)」

朝が終わって、夕べが来る、ではありません。

暗い闇の「夕べ」が終わって、希望の「朝」が来るのです。

「夕べがあり、朝がある」。必ずこの順番で、神は、歴史を進めていかれます。

真っ暗なゴルゴタの丘での十字架の絶望の風景がありましたが、復活の朝が明け染めます。

ペトロは、三度否んだ深夜の記憶を悲しみましたが、朝の光の中で主と食事し、立ち直ります。

世界は、混沌と深い闇の「夕べ」からはじまり(創世記1:1)、最後は、主の命の光によって永遠に照らされる「朝」で終わります(黙示録22:5)。


「ひととき、お怒りになっても/命を得させることを御旨としてくださる。
泣きながら夜を過ごす人にも/喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。(詩篇30:6)」

「わたしの魂は沈み込んでいても、再び心を励まし、なお待ち望む。
主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。
それは朝ごとに新たになる。あなたの真実はそれほど深い。(哀歌3:20-23)」


共に祈りましょう。

大いなる神よ、今日も新しい朝を感謝します。今、悲しみの夕べに沈んでいる者がいましたら、その心を励まし、希望の朝をもたらしてください。
スポンサーサイト



NEXT Entry
2014年6月21日 ローマ12:9-10
NEW Topics
2019年10月18日 あなたも同じことをしている
2019年10月17日 弁解できない
2019年10月16日 人類の罪
2019年10月15日 石川ヨナライブにて
2019年10月11日 イザヤ51:4-5
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR