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2014. 07. 10  
私たちの人生には、闇のような状況が訪れることがあります。

「わたしは幸いを望んだのに、災いが来た。光を待っていたのに、闇が来た。

・・苦しみの日々がわたしに襲いかかっている。光を見ることなく、嘆きつつ歩き、人々の中に立ち、救いを求めて叫ぶ。(ヨブ30:26-28)」

今まさに、「ああ、私のようだ・・」と思った方もいらっしゃることでしょう・・。

こんな闇のおとずれの時、私たちはしばしば焦り、手っ取り早い解決法をあれこれ求めたがります。

しかしそれこそ、苦しみの時に、最もしてはならないことです。

苦しみの経験とは、そこでこそ私たちが神に出会い、命の道を発見する、絶好の機会なのです。

その苦しみの闇の中で、じっと静まって、神と自分とに向き合うことが大切です。

詩篇119:71にもこういう言葉があります。

「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」

あるいは、このような言葉が、今日のあなたの力となることを祈ってやみません。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。

希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。(ローマ5:3-5)」


共に祈りましょう。

主よ、今苦しみの日々を迎えている者に、あなたとの良き出会いと、良き導きを与えてください。私たちの心がねじれてしまうことなく、むしろその苦しみの中で、成熟が与えられますように。
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