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2014. 07. 18  
昨日、他教派の友人である牧師夫妻と食事を共にしました。

人格的に豊かな信頼する先輩たちなのですが、そんな方々でも、一時は霊的・精神的にどん底だったという話を伺いました。

その時は、自分のことを犠牲にして会員のため、教会のため、苦悩する求道の友のため・・と、自分を追い詰めていたそうです。

でも、自分のためにもっと時間を使っていいんだと、ある集いで教えていただき、窮地を脱したそうです。


先に、「自分の栄光のため」という生き方は、「神の栄光のため」と対極にある、罪深さを本質としていると指摘しました。

でもそれは必ずしも、自分を犠牲にしてということではありません。

神の栄光をあらわすためには、私たちが、神の最愛の作品としての私たち自身を、心から大切にし、喜ぶことも必要です。

まず自分自身を大切にしてあげなくては、他者を大切にはできません。疲れてしまうだけです。

疲れてしまっては、賛美の歌も歌えません。

「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。(箴言4:23)」という言葉もあります。

この言葉だけ独り歩きさせないように注意が必要です。

これは、神様の言葉によく耳を傾け、それをしっかり心に納めることによって、自分の心をよくチェックしろ、という文脈です。

でもいずれにしろ、自分の心というものを、しっかりと関心の中心におくことは間違いではありません。


共に祈りましょう。

神様、今日もお一人お一人が、自分自身を心から愛し、大切にできるように導いてください。そして、あなたの栄光を反映できるような喜びの生活をなさせてください。


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