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2015. 01. 02  
今年、私たちの教会は、「伝道」という使命に集中して取り組むことへ召されています。

実は、「伝道」を真剣に考えることは、自らの信仰理解を見つめ直すことにも通じます。

預言者イザヤは、罪に満ちた時代に、神の裁きと愛を伝えるために、恐るべき幻の中で召命を与えられました。

聖なる主の臨在に触れて、彼は恐れおののいて、こう言いました。

「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。・・(イザヤ6:5)」


人々が、「汚れた唇」で卑しい言葉ばかりを語って、神への感謝と賛美も忘れた時代に、彼は生きていました。

そんな時代を嘆き、人々の不信仰に憤るような時も、イザヤにはあったでしょう。

しかし、聖なる万軍の主を仰ぎ見たその時、彼は、自分自身を問い直さざるを得ませんでした。

「わたしは汚れた唇の者・・。この罪深い者は、滅ぼされる・・。」

「伝道」へと遣わされるということは、こういうことなのです。

私たち一人一人は、汚れた唇の者です。この唇では、神のすばらしさを、十分に証しすることもできません。

しかし、そのような者たちをなお愛し、赦し、生かしてくださる、十字架の主の愛を、私たちは伝えるのです。


共に祈りましょう。

主よ、今年一年、私たちが伝道という使命に十分に取り組むことができますように、知恵と力と、励ましと勇気を満たしてください。
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