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2015. 01. 13  
昨年末からお休みしていた、使徒信条の学びを再開しましょう。

「我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。」を学んでいたところです。

しばらく「イエス・キリスト」について考えます。

当たり前のことですが、キリスト教というのは、イエス・キリストを救い主として信じ従うから、キリスト教というのです。

でも、この当たり前のことが、十分に意識されていないで、漠然と「神様、神様」とあがめている方が多いように感じています。

しかしそれでは、私が22歳まで親しんだ、家の宗教である御岳本教などと何も変わりはないのです。

私は幼い頃から、家に神棚がありましたから、漠然と「神様」の存在を身近に覚え、祈ってもいました。

でも、「神様」とは、おじいちゃんが信じてきたものではなく、「イエス・キリスト」においてご自身を明らかにしてくださった方のことだったのだと、私は聖書からはっきりと教えられたのです。

「あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。・・・ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。(使徒言行録4:10-12)」


共に祈りましょう。

憐れみと恵みに富給う、我らの主、イエス・キリストの父なる神よ。今日もキリストのゆえに、私たちの罪を赦し、あなたの守りと平安の中で、一日を歩ませてください。
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