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2015. 01. 14  
「我は、その独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。」

「イエス・キリスト」という方を、「我らの主」と信じるというのは、

この方こそ、私の人生をコントロールする「主人」であるから、この方に従って、この方のように生きていきたいと心を定めることでもあります。

思い出すのは、この聖句です。

さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。わたしがあなたがたにしたことが分かるか。あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。はっきり言っておく。僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない。このことが分かり、そのとおりに実行するなら、幸いである。(ヨハネ13:12-17)」


「足を洗う」というのは、十字架へといたる主のまったき献身と圧倒的愛の象徴です。

この愛は、私たちをも、互いに愛する者となることへと突き動かす、突き動かさずにいない。そんな迫力を持つのです。


共に祈りましょう。

私たちをこの上なく愛し抜いてくださった、我らの主であり、師であるイエスよ。あなたに愛され、あなたを愛し、そしてあなたのように誰かを愛する、そんな一日にしてください。
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