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2015. 02. 14  
使徒信条の学びを続けます。今日は「十字架につけられ」です。

以前、私の恩師からこんな話を聴きました。

自分が明確に、自分の罪とその赦しを覚えるようになったきっかけは、「やっぱり十字架だったよ」と。

ある礼拝での説教で、十字架が語られたそうです。

どれだけキリストが痛みを味わわれ、血を流されたのかということを伝えてくれるものでした。

その説教によって自分がキリストを殺したのだということを、はっきり分からされたと、教えてくださいました。

イエス・キリストを十字架にかけて殺したのは、自分なのだ・・・。このことを認めることが、スタートなのです。

私たち人間は、罪なき人、正しい人であるイエス・キリストを十字架につけて殺すという間違いを犯しました。

「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。(使徒言行録7:51-52)」


共に祈りましょう。

主よ、今週も今日まで私たちは、様々にあなたに逆らい、キリストを悲しませてしまったことでしょう。自分自身と、この時代の罪を、よく見つめ、私たちが真に悔い改めることができるように導いてください。
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