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2015. 04. 15  
使徒信条「罪の赦し」を信じるを考えています。

カルヴァン先生が、「キリスト教綱要」の書き出しにこう書いています。

「人間にとって二つの認識が重要である。それは神を認識することとわれわれ自身を認識することである。」

神を認識することと同じだけ、我々自身をしっかり知ることが大事です。

それは、「神に赦されねば滅びるよりない罪人としての自分自身」を知るということです。それをなくしては、神を正しく知るということもままならない。

そしてこういう風に言います。「・・・自分自身に対する不快感を抱き始めてからでなければ、神を真剣に渇望することはできないのである。」

「自分自身に対する不快感」という言葉が、刺さります。

こんな自分はもうまっぴらだ、がっかりだ・・という思いです。

自分自身の罪深さ、弱さ、醜さということをまっすぐ見つめると、自分を嫌いになります。

でもそうやってもう頭を上げることもできないくらいに、うなだれて、ひざまずく時に初めて、神を真剣に渇望するようになる・・。


実際は、そうもうまくはいかないでしょう。残念ながら、人間というのは、そうやって自分に絶望しながらも、なお自分にしがみつき、自分の道を行く愚かさを抱えています。

それが、人間の「罪」の深刻さです。その「罪の赦し」のために、十字架の犠牲が必要でした。

「わたしたちは羊の群れ、道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。(イザヤ53:6)」


共に祈りましょう。

主よ、私たち自身の罪深さを、本当に知り、認めることができるようにしてください。そして、あなたの真実の偉大さを、愛の深さを、本当に知ることができますように。
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