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2015. 04. 23  
<田中剛二「応えられざる祈り」より、抜粋>

「・・わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのできる方に、・・栄光が世々限りなくありますように。アーメン。(エフェソ3:20-21)」

間違いだらけの私たちは、自分に害となるようなことを祈り求めている場合もあります。

そして私たちの経験には、祈りが聴かれたゆえの感謝よりも、むしろ、聴かれなかったゆえの感謝のほうが多いのではないでしょうか。

その時は熱心な真実な叫びであったことについても、後になって、「あの時ああなっていなくてよかった」と、感謝をもって神の拒絶を想起するという経験は、決して少なくないのではないでしょうか。

聴かれない祈りは、聴かれるよりも大きく聴かれているのです。

*****
上記のような説教に触れて、「病者の祈り」と題される有名な詩を思い出しました。


私は神に求めた、成功をつかむために強さを。私は弱くされた、謙虚に従うことを学ぶために。

私は求めた、偉大なことができるように健康を。私は病気を与えられた、よりよきことをするために。

私は求めた、幸福になるために富を。私は貧困を与えられた、知恵を得るために。

私は求めた、世の賞賛を得るために力を。私は無力を与えられた、神が必要であることを知るために。

私は求めた、人生を楽しむために全てのものを。私は命を与えられた、全てのものに楽しむために。

求めたものはひとつも得られなかったが、願いはすべてかなえられた。

神に背く私であるのに、言い表せない祈りが答えられた。

私はだれよりも最も豊かに祝福されている。


共に祈りましょう。

「主の慈しみは深く、こらしめても、また憐れんでくださる。人の子らを苦しめ悩ますことがあっても、それが御心なのではない。(哀歌3:32-33)」

主よ、計り知れぬあなたの御心によって、今日も、必要なすべてを備えてください。私たちの貧しい祈りを超えて、あなたの御心がなりますように。
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