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2015. 05. 29  
ヘブライ書9章、特に13,14節を取り上げます。

「なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、まして、永遠の“霊”によって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリストの血は、わたしたちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。」


いけにえの首に当てられた刃が振りぬかれると、赤い鮮血が噴き出します。

血は命の象徴であると、旧約聖書に言われます(レビ17章11節など)。

おびただしい血を流し、がくがくと震えて、いけにえが絶命していきます。

自分の身代わりに死んでいくのです。壮絶な光景です。信仰生活に緊張をもたらしたことでしょう。

その神殿祭儀において流された血は、やがて与えられる、イエス・キリストの血による「永遠の贖い(12節)」を指し示すものでした。

「この杯は、罪の赦しを得させるようにと、多くの人のために流す私の血で立てられた新しい契約である」とは、聖餐式の式文です。

そこで思い起こされるのは、あの十字架の上で流された主の赤い鮮血です(ヨハネ19章34節)。

主の壮絶な絶命です。

このイエスの血を真剣に思い起こすなら、私たちの中で必ず何かが変わり始めます。

キリストの血は、私たちの良心を清めて、死んだ行いから離れさせ、生ける神に真剣に仕える者と変えるはずです。
  

共に祈りましょう。

新しい契約の仲介者であるイエスよ、あなたの流してくださった血によって、この汚れた心を清め、雪のように白くしてください。この一日、清い心で過ごしたいのです。
 
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