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2015. 06. 30  
我が家には一年生の娘がいますが、毎日楽しく学校に通えているようでなによりです。

今はもう通学にも慣れて、ずいぶんたくましくなりましたが、入学当初は見ていてかわいそうになるほどに、大きな大きなランドセルが重そうでした。

まるでそれは、彼女の背中にのしかかっている大きな不安を映し出しているようで、神様に守りを祈らざるを得ない日々であったことを思い出します。

大人になると、ランドセルの代りに、目に見えない色んなものを背負い込みます。

色んなものを背負い込んで、いつの間にか背中が丸くなってしまう。

背中が丸くなると、呼吸も苦しくなって、窮屈になります。

先の主日にはイザヤ書46:3-4の御言葉が与えられました。

「わたしに聞け、ヤコブの家よ、イスラエルの残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」

この言葉は、打ちひしがれている人、生きることに苦しみを覚えて背中が丸くなってしまっている人のために与えられた言葉です。

いろんなものを背負い込んでいる、そのあなたのことを、神が背負っていてくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、今日も不安、心配、思い煩いに心乱れる私たちですが、どうか憐れんでくださって、あなたの大きな背中にもたれさせてください。
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