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2015. 09. 04  
心の耳をすまして神様の御声に聞く、ということを今週のテーマとしています。

今日分かち合いたいのは、アモス8:11-12の「御言葉の飢饉(ききん)」を告げる有名な預言です。

「見よ、その日が来ればと、主なる神は言われる。
わたしは大地に飢えを送る。
それはパンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく
主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。
人々は海から海へと巡り、北から東へとよろめき歩いて
主の言葉を探し求めるが、見いだすことはできない。」

これは、終わりの時の裁きの予告として与えられています。

アモスの時代、ヤロブアム2世という王の下、イスラエルの国はつかの間の繁栄を享受していました。

そのような浮き足立ったバブルの時代に、人々の心は大切なものを見失い、やがてあぶくが消え去った後、急ぎ足で滅びへの階段を下り始めました。

まるで、どこかの国のようです。

そんなバブルの時代に、アモスは裁きを預言していたのです。もうすぐ飢饉が来る。それも、パンや水ではない。神の御言葉に聞けないという飢饉だ。それは、今あなたがたには、どうでもいいと思えるようなものかもしれない。しかし、人間にとって最も恐るべき、悲しむべきことなのだ・・・。

私たちの時代は、まさにそのような飢饉が起こっているように思うのです。

そして、その恐ろしさに気付いた人々は、本当の言葉を探し始めています。しかし、どこにも見いだせない・・・。

教会においても、それが見いだせないのならば、こんなに悲しいことはありません。今こそ、まず私たちが、聖書にしっかり向き合い、心の耳をすましましょう。


共に祈りましょう。

主よ、あなたの御言葉を与えてください。私たちには、この時代には、あなたの御言葉が必要です。真に人間を生かす言葉を与えてください。私たちを教え、励まし、直してくださって、この時代を救ってください。
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