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2015. 09. 25  
先の日曜日には、マタイ22章の婚宴のたとえから学びました。

イエス様のたとえ話というのは、ありえないような極端な設定で、人間と神様の関係を浮き彫りにするものです。

ある王様が催した、盛大な結婚パーティー!!しかし、その婚宴への招きを拒む人々がいるというのが、たとえ話のポイントのひとつです。

「『食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。』しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった。(マタイ22:4-6)」

求道の友が、素朴な疑問を伝えてくれました。

「そんなパーティーに招かれたら、ふつうは出席するでしょ?どうしてこんなに拒むのですか?」

そうですね、ふつうは出席するはずです。すばらしい招きなのですから。でも、拒む人がいる。

こういう、ありえないような極端な設定で、イエス様が表現しようとしておられるのは、神の国への招きを拒む、私たち人間の愚かさです。

誰かに福音を伝えようとする時に、この「拒絶」を経験された方は多いでしょう。

あるいは、私たち自身、この招きのすばらしさを十分には理解しないで、自分の「畑や商売」、すなわち毎日の日常生活にいっぱいいっぱいになっているのではないでしょうか。


私たちは言ってはいないでしょうか?「今は忙しいから、神様のことは後にします・・・。」

でもそれは、ありえないことなんだよねと、イエス様は教えようとしてくださっているようです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたが招いてくださる天の国の祝宴のすばらしさを、もっと深く味わい知ることができますように。その希望が、今日の私たちの戦いのための本当の力となりますように。今、悲しむ者も、この希望によって慰めを得ますように。今、この招きを拒む者たちを、なお憐れんでくださって、招きのすばらしさに気付かせてくださいますように。
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