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2015. 09. 26  
日曜日に学んだたとえには、婚礼の礼服をちゃんと着ないでいたために、パーティー会場から追い出された人のことも教えられました。

ここで言う「礼服」とは、「神様の前でのふさわしさ」です。

そういう「ふさわしさ」が無いなら追い出される・・・そう聞くと、ずいぶん厳しく感じます。「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない(マタイ22:14)」ともあるように、神の御前に出ることには厳しさが伴うことも事実です。

でも、「礼服=ふさわしさ」は、自分で用意するものではなく、王様=神様が用意してくださるものだということも、私たちは学びました。

イザヤ61:10には、私たちに美しい「救いの衣」を着せてくださる主のやさしさが示されています。

「わたしは主によって喜び楽しみ、わたしの魂はわたしの神にあって喜び踊る。主は救いの衣をわたしに着せ、恵みの晴れ着をまとわせてくださる。花婿のように輝きの冠をかぶらせ、花嫁のように宝石で飾ってくださる。」

そして、ガラテヤ書の表現では、それは「キリストを着させていただく」という風に言われます。

「洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。(ガラテヤ3:27)」


神様は、私たちに「キリスト」という素晴らしい礼服を着させ、神の子らしく仕立てようとしておられるのです。

私たちには、そういう礼服を身にまとって、ふさわしく振舞おうと努める「霊的な身だしなみ」が求められます。

明日の礼拝にも、そんな身だしなみを整えて集いたいものですね。


共に祈りましょう。

主よ、身だしなみの整わない私たちをも、十字架の恵みと憐れみによってお救いくださることを感謝します。どうかそのあなたの愛に応えて、あなたの御前にふさわしい者となっていくことができますように、私たちを聖化し、キリストに似せていってください。
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