FC2ブログ
2016. 01. 13  
昨日、大学のチャペルでⅠコリント8:2の御言葉が読まれました。

読みなれた新共同訳と異なる、新改訳の翻訳が新鮮で、今までにない感動を覚えました。

「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。」

しばしば言われることですが、学べば学ぶほどに、自分はまだ何も知らないということに気付くものです。

牧師として10年奉仕させていただき、神とその福音について「まだ知らなければならないほどのこと知ってはいない」ということを、思い知らされています。

だからこそ、大学院で学び直しておりますが、学べば学ぶほど、「知らなければならない」ことがどんどん増えてきて、時に呆然とします。

皆さんにもそれぞれに、生涯をかけての「神学」がなされますようにと、おすすめします。

私たちには、「知らなければならない」ことが、あまりにもたくさんあるのです。

でも・・・、今日の御言葉が教えてくれているのは、「しかし、人が神を愛するのなら、その人は神に知られている」ということでした。

私たちは、学んでも学んでも、神を完全には知り尽くせません。しかし、神は、神が、私たちのことを知っていてくださいます。

私が神を知ることがスタートではありません。神に私が知られている、ここから愛の関係は始まります。

どんなに聖書知識が欠けていても、そのあなたを神は愛し、そのあなたは完全に神に知られています。

あなたと神様の関係は、もう始まっているのです。

だからこそ、もっと神様のことを知りたいと思いませんか?


共に祈りましょう。

私を知っていてくださる主よ、あなたの完全な把握の中で、その大いなる愛の中で、今日も私の一日がよく進められていくことを確信します。主よ、今日もあなたご自身を知らしめてくださり、私たちに救いの知識を増し加えてください。。
スポンサーサイト



NEXT Entry
2016年1月14日 コロサイ3:12-15
NEW Topics
2019年11月22日 愛になる
2019年11月21日 愛は聖書の教えのすべて
2019年11月20日 人を造り上げる愛の言葉
2019年11月19日 十字架で自分が死ぬ
2019年11月16日 オリゲネス①
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR