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2016. 01. 22  
「神の家族」の交わりということを考える時、いつも思い出すのはこの聖句です。

「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。(コリントⅠ12:26)」

家族というのは、他人じゃない。身内です。身内だからこそ、だれかが苦しめばみんな苦しい。だれかが喜べば、それは自分のことのようにうれしい。みんながうれしい。

だから、みんなで大切にしあうのです。そして、だれかのことを、我がこととして祈るのです。

教会というのは、だれかがだれかのために、いつも必ず祈っているところです。

自分のために、自分の知らないところで、どれほどの祈りが重ねられてきたかということを、いつも考えていたいと思います。

どうか皆さん。自分のことなどだれも考えてやしないなどと、どうか決して思わないでください。

あなたの苦しみは、わたしたちの苦しみです。あなたの喜びのために、みんなで祈りたいのです。


共に祈りましょう。

私たちを家族にしてくださった主イエス・キリストに感謝します。主よ今日も、私のために祈ってくれている方々に、あなたの平安がありますように。私の愛する兄弟姉妹に、苦しみが遠ざけられ、喜びが満たされますように。
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