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2016. 03. 17  
イザヤ53章の「苦難の僕の歌」を分かち合っています。

53:4「「彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。」

この預言の特に前半部分が、マタイ8:17で取り上げられています。

ペトロのしゅうとめを始め、たくさんの病人をいやしていかれるイエス様の様子を描いた後に、「それは預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った』」と記します。

今、この古の預言の言葉は確かに成就している・・・。

きっとマタイは、この時のイエス様のお姿に、自分のことなどかえりみないで神の御用のためにひたすら仕える、忠実な「苦難の僕」の姿を見て取ったのだと思います。

おそらくこの時は、夕方から人が集まって来たと書いてありますから、夜通しで癒しの業に明け暮れておられたことでしょう。

苦しんでいる者たちを前にして放っておくことができないで、まさにその身に病を引き受けるようにして、疲労困憊のイエス様。

その姿は、やがて十字架の上で苦しみを受けて、私たちの救いのために命を使い果たしてくださった、イエス様のお姿に通じていくのです。


共に祈りましょう。

主よ、あなたの献身と奉仕によって、この罪に病んだ存在が担われ、魂がいやされたことを感謝します。今、病んでいる方々が、あなたに担われ、いやされて、平安を得ることができますように。私たちもまた、あなたへの、また隣人への献身と奉仕に生きることができますように。
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