FC2ブログ
2016. 03. 19  
イザヤ書53章の「苦難の僕の歌」を分かち合って、キリストの十字架の御苦しみを想い起しています。

6節「わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて/主は彼に負わせられた。」

「主は、彼に負わせられた」と、主なる神という主語が強調されています。

それを望まれたのは主なのだ、と強調しているのです。

私たちは羊の群れだったとあります。羊飼いの言うことを聞かずに道を誤り、それぞれの方角に向かっていた羊たち。

それは、神に背き、自分を神として、自分の欲望のおもむくままに生きる、神なき人々の姿です。

でもそういう人々のすべての罪悪を、主は、「彼」に負わせようとされたのです。

「彼」以外のすべての者を、救いへと招くために、すべての罪悪を、神はこの僕に負わせられたのです。

そういう神の御心にしたがって、「苦難の僕」イエスは、十字架への道を歩むのです。


共に祈りましょう。

主よ、私は、自分が道を誤っていることさえ知らなかった者でした。今もなお迷い続ける者でありますが、主の十字架の愛に導かれ、正しい道を歩むことができますように。どうか、自分の思いではなく、あなたの思いに従えますように。
スポンサーサイト



NEXT Entry
2016年3月22日 イザヤ53:7
NEW Topics
2019年11月22日 愛になる
2019年11月21日 愛は聖書の教えのすべて
2019年11月20日 人を造り上げる愛の言葉
2019年11月19日 十字架で自分が死ぬ
2019年11月16日 オリゲネス①
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR