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2016. 03. 23  
イザヤ書53章の「苦難の僕の歌」を分かち合っています。

53:8-9「捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか。わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。

彼は不法を働かず、その口に偽りもなかったのに、その墓は神に逆らう者と共にされ、富める者と共に葬られた。」

ペトロの手紙Ⅰの2:22からには、この預言が引用されています。

「『この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。』ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義に生きるようになるためです。」


そして、ペトロの手紙においては、このようなキリストの忍耐の姿が、私たちの「模範」であって、その「足跡に続く」ようにと励まされています。

「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心にかなうことです。(Ⅰペトロ2:20)」

キリスト者として、「義に生きる」ことを本気で求め始めれば、この世にあってつらいことも多いでしょうが、その歩みを通して、キリストをいよいよ近く覚えさせられ、霊の喜びが満たされることでしょう。


共に祈りましょう。

主よ、主イエスに従って愛と義に生きようと願うすべての者たちに、今日も憐れみと励ましを豊かにお与えください。この世の罪深さにやりきれない思いを抱える時にも、粘り強く、十字架の主を想い起しつつ、善を行うことができますように。
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