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2016. 04. 09  
昨日は朝から夜遅くまで、実にたくさんの方と話し、共に学び、またメールをすることがゆるされました。

その中で、自分自身の存在の小ささ、ダメさ、貧弱さを嘆き悲しむ声も、いくつか耳にしました。

そのような方々を覚えて、ずっと祈っている中で、あるエピソードを思い出しました(いつだか、説教の中でも分かち合ったと思います)。

熊本で牧師をしていた時のことです。重度の身体障碍を抱え、がんばって生きてこられたご婦人がいました。今はお年を召され、もう寝たきりの日々です。

その方が本当におつらい顔で涙を流しながらこうおっしゃいました。「どうして私のようなものが生かされてるのでしょうねえ・・。」

それは、あの3.11の東日本大震災の後のことでした。

どうして私のようなものが生かされて、未来ある者たちの命が奪われたのか・・?

そう問いかけられて、私は言葉を失いました。しばらく、黙って考えていました。それから申し上げました。

それは神様を馬鹿にする言葉です。自分を見下すことは、神を見下すことです。

そのように言って私は、彼女を叱りました。精一杯の愛を込めて、ご婦人を叱ったのです。ご婦人は、分かりました、分かりましたと涙を流されました。


聖書には、「わたしの目にあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」との神様の言葉が、はっきり書いてあるのです(イザヤ43:4)。

神様が「高価で尊い」と言っておられる者のことを、私たちも、大切にしたいのです。


共に祈りましょう。

主よ、この貧しい私のために、もったいない言葉です・・。あまりにももったいない、キリストの命がささげられました・・。

主よ、感謝します。主よ、今日あなたが私に与えてくださる、この命を、精一杯生きさせてください。あなたに用意された、わたしだけの仕方で、わたしなりのペースで、一生懸命、信仰の歩みをしていきます。主よ、見守っていてください。
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