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2016. 04. 12  
先の日曜日の礼拝での、子どもと親のカテキズムとその解説(子どもへのメッセージ)を、もう一度教えてほしいとのリクエストがありましたのでお伝えします。

問40「わたしたちは死んだあと、どうなりますか。」

答え「死んで終わりではありません。死んだあと、わたしたちの魂は完全にきよめられ、天におられるイエスさまのもとに引き上げられます。体はイエスさまに結び合わされたまま、墓の中で休みます。」

わたしたちの人生は、いつも共にいてくださるイエス様と歩む道です。それは死んだら終わりではなくて、死んだあとは、いよいよ強くイエス様と結ばれます。

だから、死んだあとも、なにも心配しなくていいのです。

一か所聖書を読みましょう。フィリピ1:21-24.新改訳のほうが分かりやすいでしょう。

「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。
私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。」


これを語ったパウロは、死ぬことを全然恐れていません。むしろ世をさって、イエス様ともっとひとつにむすばれて過ごしたい。そのほうがずっといいと考えています。

でも、だからといってパウロは、もう死んでしまおうとはしませんでした。

パウロの生涯は、試練ばかりのとっても苦しい日々だったけど、死んでしまおうとは思わなかったし、死んでもいいとは決して教えませんでした。

わたしたちにとって、生きることも死ぬことも全部神様が与えてくださる恵みです。

自分で好き勝手に選べることではないのです。

だから、神様が命を与えてくださるかぎり、一生懸命生きるのです。


共に祈りましょう。

主よ、今日も朝が来ました。私の人生の終わりが、いつ与えられるのか・・。あなたの恵みの導きにすべてをおゆだねします。そして、今日、与えられた命の意味を覚えながら、私だけに用意された私の一日を生きていきます。主よ、この歩みを支えてください。
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