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2016. 09. 20  
実家の両親が家に訪ねてきてくれていますが、昨晩食事をしながら、私の少年時代の恥ずかしい思い出話に花が咲きました。

田舎であったということもあるでしょうが、当時の学校の先生は厳しくて、よく叱られていたことを思い出します。

親に対しても遠慮なく、子どもの問題点を指摘されたようですね。それだけの責任感があると同時に、威厳と秩序が保たれていたのでしょう。

厳しさと愛の深さというものが同居していた、なつかしい先生の顔も思い浮かべます。

時代とともに、そのような厳しさと愛の深さの「両立」が、ますます困難になってきていることを憂慮します。

社会秩序が不健全に歪み、人間と人間の関係がだんだんだんだん薄っぺらくなってきているのかもしれません。

私は牧師ですから、その根本に、神様と私たちの関係の歪みがあるのだと分析いたします。

神様は、無限に厳しい正義の「厳父」であると同時に、無限に慈しみ深い愛の「慈父」であられます。

私たちは、「厳父」を恐れすぎて神様から離れてしまったり、あるいは反対に「慈父」に甘えすぎて神様になれなれしすぎたり・・・。


「あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を『父』と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。」

これは、日曜日に与えられたⅠペトロ1:17の言葉です。

「父」への「畏れ」ということを大切に思い巡らしながら、この一日を過ごしたいと思います。


共に祈りましょう。

主よ、わが父よ。あなたの厳しさと向き合い、あなたの慈しみ深さに励まされ、今日の日を神の子としてふさわしく生きることができますように、聖霊の導きをお与えください。

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