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2016. 09. 23  
「神の子」についての旧約聖書研究、2回目です。

エジプト脱出から40年後、荒れ野の放浪を終えて、いよいよ約束の地カナンに入る時に、モーセは旅路を振り返って、このように民を励ましました。

申命記1:29-31「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。あなたたちに先立って進まれる神、主御自身が、エジプトで、あなたたちの前でなさったと同じように、あなたたちのために戦われる。また荒れ野でも、あなたたちがこの所に来るまでたどった旅の間中も、あなたの神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださったのを見た。」


荒れ野の旅路を行く間、父が子を背負うように、神が背負っていてくださったではないかとモーセは言います。

私たちは、お父さんに背負っていただいているのだ。これが、古代からの神の民の自意識なのです。

他にも、申命記14:1を見ましょう。異教の習慣から離れよ、という戒めが与えられているところで、このように言われています。

「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである。死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げてはならない。あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。主は地の面のすべての民の中からあなたを選んで、ご自分の宝の民とされた。」


神の子であるとは、選ばれた聖なる民、宝の民であるということです。

そのように扱われるのは、彼らが特別優れているからではありません。むしろ、彼らは「どの民よりも貧弱」でありましたが、ただ「主の愛」ゆえにそうされたのです。

そのことは、申命記6:6-8に書いてあります。これまたとても大事な聖句ですので、お手元に聖書のある方は、確認しておいてください。


共に祈りましょう。

主よ、わが父よ、あなたに背負っていただかねば、一歩も前に進むことはできません。まことに貧弱な体です。貧弱な魂です。しかし主よ、あなたに選んでいただいた、この自分の存在を、宝として大切に扱うことができますように。

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