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2016. 10. 27  
陸前高田の仮設住宅におられる(おられた)23名の方々と、一緒に礼拝をすることがゆるされたと、昨日報告しました。

この方々にとって、はじめての教会、はじめての礼拝。

イ・グンベ牧師が選んだ御言葉は、創世記28:10からの、ヤコブの階段の物語でした。

それは、兄の怒りから逃れるために旅に出たヤコブが、はじめて過ごす荒れ野での夜の出来事でした。

真っ暗な荒れ野の夜です。いつ野獣に襲われてもおかしくない、そんな不安と孤独の中で、冷たい石をまくらにして野宿するのです。

試練と失意の夜でした。でも、その悲しみの場所で、ヤコブは神の臨在を知りました。

天から地へと伸びる階段・・。それは、いと高き神が、どん底に沈むヤコブのところに降りてきてくださる道でした。

そして、主なる神は彼のかたわらに立ってこう言ってくださったとあります。

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。・・・(15節)」

それを受けたヤコブは、こう言いました。

「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。・・ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。(16-17節)」


イ・グンベ牧師は言いました。陸前高田の皆さんが、避難所や仮設で過ごした不安の日々を想った時に、この御言葉が心に浮かんだ、と。

みな、家を失いました。愛する人を失った方もいます。

たくさんお米を炊ける巨釜を失ったことを、今でも悲しく思っておられる方もいます。それが家族の象徴だったからです。

みな、不安と孤独の夜を過ごされました。避難所は、石のまくらで眠る悲しみの場所でした。

しかし、「そこに神様がおられたのですよ」とお伝えしたかったと、イ・グンベ先生はおっしゃいました。

神様は見えません。でも、どんな悲しみの場所にも、共にいてくださるのです。

そして、今、この教会という場も、神がおられる場なのです。そう、ここはまさに神の家、天の門なのです・・。

そんな慰めを届けたかったと、イ・グンベ先生はおっしゃったのです。


共に祈りましょう。

憐れみ深い主よ、昨晩、不安と孤独の夜を過ごした者もいるかもしれません。悲しみの場所にたたずむ時にも、どうか主よ、あなたが生きておられることを教えてくださり、私たちの魂を励ましてください。
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