FC2ブログ
2016. 11. 25  
「キリスト者の自由」ということを考えるのに欠かせないのは、宗教改革者マルチン・ルターの代表的著作『キリスト者の自由』です。

その冒頭に、次に記します大変有名な命題がかかげられています。

「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服さない。キリスト者はすべてのものに仕える僕であって、だれにでも服する」。

つまり、キリスト者は「すべてのものの上に立つ自由な主人であって、同時にすべてのものに仕える僕である」というのです。


このようなルターの言葉を支える根拠は、ガラテヤ5:13-14の御言葉です。

「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。」

自由にされたその魂と肉体を無駄に用いるのではなく、「愛によって互いに仕え合う」という崇高なキリストの教えのために用いなさいと言われています。


誰からも支配されず、誰をも支配しない・・、自由な独立した魂を持つ人は、そのように生きます。

そして、「誰かを愛する・仕える」とは、もっとも自由な魂にしか、なすことのできないことです。


共に祈りましょう。

主よ、私たちはまことに不自由です。互いをけん制し合い、信頼できず、愛し合うことができません。仕えることを望まず、自分を捨てることのできない者でもあります。主よ、御赦しください。そして、「キリスト者の自由」をよく分からせてください。



スポンサーサイト



NEXT Entry
2016年11月26日 カルヴァンの祈り⑫
NEW Topics
2019年10月18日 あなたも同じことをしている
2019年10月17日 弁解できない
2019年10月16日 人類の罪
2019年10月15日 石川ヨナライブにて
2019年10月11日 イザヤ51:4-5
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
カテゴリ
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR