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2017. 01. 25  
天国人のボキャブラリーとしてお送りしていますが、聖書をまだよく知らない初心者の方々を主な対象としています。

私自身にも、もちろんそういう初心者の時がありました。かなりダメな求道者だったと思います。

私は22歳の時にはじめて教会に足を踏み入れました。特に何か困っていたことがあったわけでもないし、真理を求めてなどとかっこいい理由があったわけでもありません。

ただ単に、結婚を約束していた人がクリスチャンだったから、日曜日に彼女といっしょにいたかったので一緒に教会に通い始めたというものです。

そういう私にとって、教会というところは不思議の国でした。

大きな会堂でみんなで讃美歌を歌っています。牧師さんのおはなしの意味はさっぱり分からないで、ほとんど毎週居眠りばかり。

でも、不思議と居心地がよくて、結局私はそれからずっと礼拝に通い続け、一年後には洗礼を受けることになりました。


そんな私ですが、今でもはっきり覚えているのは、はじめて教会に行った時に教えていただいたことです。

私は質問しました。「皆さんは何を信じているのですか。」

長老さんが教えてくれました。「自分のために、イエス・キリストが十字架で死んでくださったということだよ。」


私にはこの答えが不思議でなりませんでした。

自分のために、イエス・キリストが十字架で死んでくださった。

よく分からないけど、心に刺さって離れませんでした。

その時から、私の心に確かに十字架が打ち込まれたのです。それが、救いの始まりでした。

Ⅰペトロ2:24の御言葉です。「(イエス・キリストは)十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」


共に祈りましょう。

主よ、今日の一日を、十字架のキリストを仰いで歩みたいと願います。私のために命を捨ててくださった方の、愛を信じて歩みたいと思います。主よ、今日の私たちが罪を犯さないように。そして義に生きることができますように。
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