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2017. 02. 21  
ある方が今問うておられることに対するヒントになればという思いで、しばらく考えてみます。

聖書には、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる(マタイ24:13)」とか、「信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい(Ⅰペトロ5:9)」などの教えがあります。

この地上世界には、信仰者を揺さぶり、つまづかせる誘惑や試練に満ちています。迫害もあります。

そういう中で、イエス・キリストへの信仰を保持するには、自分の意志であり決断が必要です。

何にもしないでイエス様から離れたままで、あるいは極端の話、神をまったく否定し背教しても大丈夫とは、聖書には教えられていないと思います。

ただし、「自力」では決して私たちは、救いに至ることはできません。

全面的に堕落しているからです。人間には、自分を自分で救う力がないのです。それが罪人というものです。

私たちの決断や意志が100%必要なのと同時に、聖霊による救いの導き・守り・支えという「神の力」が100%必要です。

いやむしろ、その「神の力」によって支えられる中で、私たちの「自力」が引き出されてくるというほうが正確です。

耐え忍ぶ信仰も、意志も、決断も、すべては「神の力」によって、私たちの内から引き出されてくるのです。



Ⅰペトロ1:5にはこうあります。「あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。」

「神の力」による手厚い守りの中で、わたしの「信仰」が引き出され、終わりの時に救いを受けるようにと確実に守られていると書かれています。

この「神の力」と「守り」に信頼して、わたしはただ今の瞬間を、信仰者として懸命に生きる。明日のことなど思い煩ず。

それでいいのだと思います。その「今」の積み重ねが、信仰の成熟に通じます。続きはまた明日。


共に祈りましょう。

主よ、今日もわたしたちを守って下さり、信仰を保たせてください。希望を保たせてください。愛を保たせてください。私たちの罪が、あなたの御業を邪魔することがありませんように。






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