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2017. 05. 23  
詩編119:130にこうあります。「御言葉が開かれると光が射し出で、無知な者にも理解を与えます。」

御言葉が開かれる、その時のまぶしい喜びが、今日もみなさんに豊かにありますように。


先の日曜日の礼拝の後、女性会で説教の恵みの分かち合いがなされたと伺っています。主が祝福してくださったことと思います。

まぶしいほどの御言葉体験を与えられた方もいれば、「よくわからなかった・・」という方もいたでしょう。

ある方からは、説教においてまさに「御言葉が開かれた」と言うべき恵みの体験をしたと、感謝の報告をいただきましたが、そういう方ばかりでもないでしょう。

皆さんやさしいですから、悪い感想は牧師に言わないものですよね。

説教を真剣に聴き、その恵みを自分の言葉で語りなおそうとするならば、自分の中にいろんな感情が生じていることに気付きます。

あるいは、何も生じていないことに気付く方もいるでしょう。それは、まだ「わがこと」として、御言葉を受け取れていないということです。その気付きも大事なのです。

大切なのは、そのようにして、ちゃんと自分の言葉で語りなおしていく経験を重ねることです。

疑問や迷いも、戸惑いも反発も・・・、ちゃんと神に問い直すために、まず自分と向き合うのです。

しかも、ひとりでするのではなく、同じ主を信じる仲間とそれをするのですね。

なぜならわたしたちは、自分ひとりだけ神様に選ばれたわけではないからです。

そして、神の民、神の家族のまじわりというのは、「御言葉を共に受け取る」ということに尽きます。

信仰の先輩から、恵みの受け取り方を学ぶということもあると思います。

そういう真摯な営みをとおして、聖霊はわたしたちの魂に働きかけてくださって、だんだんと、受け取り上手にしていってくださいます。


共に祈りましょう。

主よ、あなたが投げてくださるたくさんの恵みを、ぽろぽろと取りこぼしては、ちょっとしか喜べていない自分であるかもしれません。もっと豊かに、御言葉の恵みを味わわせてください。あなたと共に生きる喜びを味わわせてください。この困難な時代に、いつも喜んでいることができますように、主よ、御言葉を開いてくださって、まぶしいほどの光で照らしてください。




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