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2017. 05. 24  
今、千葉地区の学生たちに、聖書と共に歩む習慣を身に着けてほしくて、ネットを通じて指導しています。

昨日から、コヘレトの言葉をいっしょに読んでいます。お当番の女の子が、とてもよい黙想をしてくれましたので、少し分ち合わせていただきます。
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「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。(コヘレト1:2)」

この箇所のインパクトは大きい。そして共感します。

「何もかも、もの憂い。語り尽くすこともできず、目は見飽きることなく、耳は聞いても満たされない。(1:8)」

ここで言われている「空しさ」って、すべては繰り返し巡る終わりのないもので、満たされることはない、ということみたい。

人間の空しさ。神様を知らなければ、生きる理由だってわからず、ただ満たされずにあがくしかない。

神様を知っていても、離れて、ひとりで空っぽの心が渇いていくことがある。

結構ネガティブな1章だけど、わたしはそういう風に言葉にしてくれていることで、読んで安心します。よくわからずに抱えているモヤモヤに名前が付く感じがして良いのかな?

とことん空しさを見ることで、顔が神様にあがっていく。そのことにも意味があると思いました。

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すなおで、とてもいいなあと思いました。

自分の抱えているモヤモヤに名前がついていく・・・、とことん空しさを見ることで、顔が神様にあがっていく・・。

本当にその通りだと思います。ため息も、嘆きも、反発も、苦しさも、全部ちゃんとその感情に向き合ってみて、言葉にしていくことが必要なのですね。

なぜなら、わたしたちにとって、言葉にするということが、祈りだからです。

わたしたちには、ひとりごとというのは無いのですね。自分自身の心に向き合い、それをつぶやいていくなら、それがそのまま神様とのおしゃべりになります。

言葉にするのですね。それが、いつでも祈りになる。


共に祈りましょう。

主よ、今日も一日、わたしたちにお付き合いください。あなたと語らいながら、自分の存在の意味を確かめながら、歩んでいきたいと願います。どうか今日、わたしが空しさにのみこまれてしまわないように、あなたがこの貧しい魂を守っていてください。
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