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2017. 05. 30  
創世記を読み進めていきましょう。今日は11章1-9節。バベルの塔の記事です。

8,9節「主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また主がそこから彼らを全地に散らされたからである。」


互いに理解しあえないという悲しみ・・。

たとえ同じ言葉を使っていても、バラバラな主義・主張がぶつかるばかりで、話が通じない。

この21世紀という時代は、そういう「分断」の悲しさを、ことのほか強く思わされます。

そういう争いと混乱は、このバベルの塔の出来事以前にはなかったのでしょうか。それ以前は、人間はひとつの言葉(=思想・精神)において一致を保っていたようです。古き善き時代に思えます。

しかし、「神などもはや必要ない」という自信と傲慢においてひとつになった人間の一致団結は、どれだけ高い塔を作ることができても、やがては必ず滅びにいたります。

高ぶった者同士は、互いに覇を競ってつぶしあいます。全体主義の愚かさということも思い出してください。


人間のあるべき一致は、神の御心における一致です。

おごり高ぶったバベルの人々とは対照的に、主イエスは、へりくだりの道を歩まれました。この主に従い、主にならうのです。

神の御前で真に砕かれ、悔い改めた者たちだけが、互いを尊敬することができます。

真の一致と平和は、そこからしか生まれません。


共に祈りましょう。

主よ、これほどまでに分断が深まってしまった時代を、どうか憐れんでください。私と、私の隣人とのあいだの分断を埋めてください。そのために、わたしたちに悔い改めを与えて下さい。なによりまず、私のおごり高ぶりを砕いてください。平和を作り出す者となることができますように。
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