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2013. 01. 25  
「姦淫するなかれ」と命じられる神は、何度裏切られても、なお一途に神の民を愛しぬかれる契約の神です。

エゼキエル16章は、神の民の姦淫がこれでもかと糾弾されたその後に、

こんな福音の予告でしめくくられています。

「だが、わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起こし、お前に対して永遠の契約を立てる。

・・・しかしお前が契約を守ったからではない。

わたしがお前と契約を立てるとき、お前はわたしが主であることを知るようになる。

こうして、お前が行ったすべてのことについて、わたしがお前を赦すとき、お前は自分のしたことを思い起こして恥じ、

自分の不名誉のゆえに、二度と口を開くことはできなくなる。(エゼキエル16:59-63)」


イエス様による十字架の犠牲と罪の赦しには、こんな神の思いが込められているのです。

今やわたしたちは、イエスの血でたてられた、「永遠の救いの約束」に生かされています。


共に祈りましょう。

主よ、今日の日に、あなたの愛を裏切ることなく、誠実に神の道を歩むことができますように、聖霊の導きをお与えください。一途にあなたを信じ従う、一筋の心をわたしたちに与えてください。
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