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2017. 07. 28  
「神のかたち」として特別な愛情をもって創造されたところに、人間の尊厳があると、昨日申しました。

しかし、残念ながら人間は、罪への堕落によって、その「神のかたち」を決定的にゆがめてしまっていることも、忘れてはいけません。

聖書の人間観は、近代以降の「人間万歳!!」という楽観的なものとは異なり、どこまでも「罪人」の暗さを見つめるのです。



「神のかたち」だけどゆがんでいる。同時に、ゆがんではいるけど「神のかたち」。これが人間の現在の状況です。

このような人間が、その本来の尊厳を思い出し、すこやかな姿に回復されていくためには、創造主のもとに帰ることが必要です。

例えばオルガンが、製作者自身に奏でられることで、見違えるような音色をあらわすように、私たちもまた自分を創造してくださった方のもとで、はじめて命が輝きだします。

だから神様の呼びかけはいつの時も、「どこにいるのか、帰って来なさい」なのです。



「主なる神はアダムを呼ばれた。どこにいるのか。(創世記3:9)」

堕落し、ゆがみ、神の前から隠れようとした「アダム=人間」に対する、神の呼びかけです。この根源的な呼びかけが、今もずっと響いています。

この神の呼びかけの声こそ、イエス・キリストです。

この神の探し求める足こそ、イエス・キリストです。

この神の差し伸べられた手こそ、イエス・キリストです。

ゆがんでしまって、汚れてしまって、父に会わす顔がなくて・・、でもそんな私たちの身代わりに、父の怒りを引き受けてくださって、創造主のもとに帰る道を開いてくださったのがイエス・キリストです。



共に祈りましょう。

主よ、私たちの本来の姿を思い出させてください。キリストの血を代価としていただいたほどの、高貴な私たちの魂を、その価にふさわしく整えてください。イエス様のように、義と愛と平和に生きる者にならせてください。
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