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2016. 05. 06  
昨晩、無事に仙台から帰宅しました。

3日は、日本キリスト改革派創立70周年記念信徒大会で、900人以上の方と共に礼拝をささげました。

その後5日まで、全国青年リトリートで、霊肉の休みをいただきました。

「キリストと出会い、人と出会って、世界に生きる」との主題でなされた、袴田康裕神学校教授の講演に、深い慰めを与えられリフレッシュしました。


単純素朴に「福音に生きる」ということを、しみじみ考えさせられた三日間でした。

この世界が揺れ動く中で、イエス・キリストが与えてくださった希望をどこまでも信じて、心を高く上げて歩むということです。


「主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられるように。神は豊かな憐れみにより、キリストの十字架によってわたしたちの罪を完全に赦し、その復活によって生ける望みを与えてくださった。ただ信仰によってキリストと結ばれたわたしたちは、今やあらゆる恐れと不安から永遠に解き放たれ、喜びと自由の生へと招き入れられた。(70周年宣言冒頭より)」

これが、もっとも根本的な「福音」です。自分の考えを混ぜてごまかしたり、この世の価値観で水割りして薄めたりしないで、まっすぐに、この「福音」の希望を信じ、これから一層混乱する世界の中で、光を放つ。

そういう「福音に生きる教会」として再生しよう・・・それが70周年宣言の目指しているものです。

一番基本的なことで、一番難しいことでしょう。

信徒大会で読まれた聖句を、分かち合って共に祈りましょう。エフェソ6:10-18です。

「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。
悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。
だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。
なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。
また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。
どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」


主よ、あなたが味方でいてくださるから、私は恐れません。あなたはわたしの神。わたしはあなたの民。あなたを信じるすべての兄弟姉妹と共に、どこまでも福音に生きる教会とならせてください。

※ 明日の配信はお休みさせていただきます。
2016. 04. 07  
昨日は、どんな大きな罪であっても、真に悔い改めるならば、神に赦されるという、罪の赦しの原理を確認しました。

イエス・キリストにおいて示された、神の愛の高さ、広さ、深さ、大きさは計り知れません。その愛と恵みによって、どんな罪人も赦され、再生へと導かれます。

だから、その愛と恵みを信じる者もまた、罪人を赦し、再生のために力を貸す・・・そんな風にできるならば、いいだろうなあと思います。

でも現実を顧みれば、そこが本当に難しいことです。悩ましいことです。

私たちは、罪人の抱える計り知れない闇の深さも、思い知らされながら人生を送ります。

人は、そんなに簡単に変わりません。過ちを犯し続けて、悔い改めのできない人もいます。悔い改めたふりをするのが得意な人もいます。

人間なんて、誰一人信用できません。・・・自分自身を含めて。

それが聖書の示す真理であり、41年生きてきた私の実感でもあります。


でも、私たちは、信仰者です。信仰者ということは、神の全能を「信じる」者たちです。

赦しと再生をもたらしてくださる、神の愛と恵みの力を「信じる」ことからスタートしないのなら、私たちは信仰者とは名乗れないのかもしれません。

「信じる」ことができるということが、希望です。だから、信じて祈ります。


長いですが、エフェソ3:14-21の言葉をもって、共に祈りましょう。

「あなたがた」のところに、誰かの名を、あるいは自分自身の名を、入れてもよいと思います。

「こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。
どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。
また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。
わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。」




2015. 12. 16  
今週は、「選び」の恵みを分かち合います。

私たちは誰一人として、神様に愛していただく資格をもっていません。

でも、神様のほうで、まったく自由に私を選んでくださって、「この子を私の子として愛し守り抜く」と決めてくださって、家に迎えてくださいました。だから、私はクリスチャンとなることができました。

すべてのクリスチャンは、そのように信じることができます。

覚えていただきたいのは、「子どもと親のカテキズム」の問25です。

問:神さまは、このような罪人となった私たちを、ほろびるままにお見捨てになりましたか?

答:いいえ。神さまは、私たちをあわれんで、救い主によってご自分の子どもに回復しようと、御心のままにあらかじめおさだめになりました。この救い主によって、神さまは私たちを罪とほろびから救い出してくださいます。


「御心のままにあらかじめお定めになりました」、これが「選んでくださった」ということです。

それは、エフェソ1:3-7に示されていることです。

「わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。

イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。

わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。」


共に祈りましょう。

主よ、あなたの憐れみによって、今日も生かされていることを感謝します。愚かな歩みを繰り返すものですが、ずっと見捨てないでいてください。
2015. 09. 19  
先週も土曜日は無断でお休みしてしまいましたが、今週も十分時間が取れませんので、短く聖句だけ紹介させていただきます。

昨日、夜に東関東の青年たちと学び会をし、聖書に記された様々な祈りの言葉から学びました。

その中で、特に私にとって印象的だったのが、この祈りです。

エフェソ1:17-18.

「どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。」

牧師は、皆さんの様々な具体的問題を心配し、とりなしの祈りをささげますが、より根源的に祈っていることはこのようなことです。

皆さんの、そして私自身の心の目が開かれ、約束されている希望のすばらしさを深く悟ることができますように。

明日の説教とも、深く関係する祈りです。説教準備のためにもお祈りください。
2014. 12. 26  
クリスマスが終わりました。いよいよ年末だなという気もしますが、教会の暦においては、クリスマスが新しい一年のスタートです。

先日、ある姉妹から、エフェソ6:10-18の御言葉を大事にしていると伺いました。

日々の試練との戦いの中、毎週、礼拝の最後の後奏を聴くときに、この御言葉を心に刻んで祈ったそうです。

みなさんの、クリスマスからの新しい日々のために、お贈りします。

「最後に言う。主によりたのみ、その偉大な力によって強くなりなさい。

悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。

わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。

だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。

立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。

なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。

また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。

どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」


共に祈りましょう。

主よ、世にあって年末へと向かう慌しさの中、いつもあなたに信頼し、落ち着いていることができますように。今、様々な試練の中にある方々も、神の武具によって強められ、今日の日に、あなたのおだやかさで満たされますように。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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