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2018. 02. 07  
列王記上11章によれば、ソロモンには700人の王妃と300人の側室がいたとされます。

徳川家の大奥もそうですが、王様というのはそういうハーレムをもつものです。古代には、3000人の王妃がいたという記録もあります。

しかし、イスラエルの王であれば話は別です。

そういうことはしてはいけないと、申命記17:17に定められています。「王は大勢の妻をめとって、心を迷わせてはならない。銀や金を大量に蓄えてはならない。」


大勢の妻をめとるのは、大変にお金のかかることです。それは結局、民の福祉のためでなく、自分のために金銀を用いることです。

逆に言えば、それだけの金銀の蓄えがあってこそ、そういうぜいたくは成り立ちます。

金銀財宝に囲まれて、かつての純朴な信仰と愛の心を失ったソロモンの姿が目に浮かびます。


繁栄は、人間をゆがませる。これは、聖書の「歴史」から教えられることです。

イエス様が、公生涯のはじめに、荒野で誘惑をお受けになった記事を思い出します。

悪魔はイエス様を高い山に連れていって、地上の国々の繁栄を見せつけ、わたしにひれ伏すならこれを全部与えようと誘いました。

主は言われました。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。(マタイ4:10)」

イエス様がわたしたちに与えてくださるのは、この悪魔と戦う力です。


共に祈りましょう。

主よ、今日もわたしたちに必要なだけの富をお与えください。少なすぎれば卑屈になってしまいます。多すぎれば、あまりにもやすやすと、魂がゆがんでしまいます。主よ、ちょうどいいだけのものを、わたしたちに与えてください。
2018. 01. 30  
日曜日には、列王記上3章に記されたソロモンの願いから学びました。

ソロモンは、「自分のための」長寿、富、敵の滅びではなく、「神の栄光のため」に、そして神が愛しておられる「民のために」、よく統治していくことのできる心を求めました。

自分のためではなく、神のため、そして人々のため。ここが、神に喜ばれたポイントです。

そしてそれは、イエス様が私たちに教えてくださった、根本的な愛のかまえです。


「自分のためではなく」・・・純粋にそのように生きることは、イエス様以外の誰にもできません。

「だれかのために生きたい」などと、それは結局「あなた自身の」願望ではないか、自己満足のためではないかという、批判もあるでしょう。

そんなことは、人から言われるまでもなく、よーーーーーーーっく分かっているのがクリスチャンです。

人はみな罪人だから。純粋な、神のため、他者のための愛など、だれにも持てません。


だったらいさぎよく、すべては「自分のため」だと割り切るという生き方もあるでしょう。

でも私は、そうやって開き直るのはもういやだと、決めたのです。

そして私は、そうやって批判だけして、何もしない生き方はもうやめようと、決めたのです。

自分のエゴに気付いていない人の、傲慢な「愛の押し付け」にはうんざりします。

でも、そうやって外から批判してばかりで、自分は結局何もしようとしない、そういう自分自身に、もっともっともっと、うんざりしたのです。

私たちには偽りを含む愛しかありません。でも、それはイエス様がわたしたちのうちに起こしてくださった「新しい願い」です。


共に祈りましょう。

主よ、真実の愛よ、あなたに出会ってから、あなたに愛されたように愛したいと、私は願い始めました。あなたのようには愛せない自分を恥じます。でも、この道を進んでいきたいと願います。こんな「願い」を私に与えてくださって、本当にありがとうございます。

2014. 07. 02  
昨日、集団的自衛権を容認するという解釈改憲が、閣議決定されました。

なぜ今これをしなければいけないのか?どうしてこんなに急ぐのか?

それは恐らく、アメリカとの軍事同盟を強化し、中国の脅威に対抗するということがあるのでしょう。

でも安倍晋三首相は、そういう国民の問いに、一度も真正面から応えようとせず、嘘をつき続けています。

「このことが、日本に安全をもたらす」と確信しているようです。

でも、昭和の歴史を顧みれば、そういう政治家や軍部の独りよがりが、彼ら自身の思いを超えてだんだんと暴走をはじめたのです。


列王記上12章に、イスラエル王国を分裂させたレハブアムの悪政について記されています。

ソロモン王の息子として、国民の声を聞かずに育ったレハブアム。

民への配慮を要求する老臣たちの声を無視し、自分と一緒に育ったボンボンたちの声だけ聞きます。

「しかし、彼はこの長老たちの勧めを捨て、自分と共に育ち、自分に仕えている若者たちに相談した。(列王記上12:8)」

こういう王家の愚かさが積み重なり、やがてバビロン捕囚へと行き着くのです。


共に祈りましょう。

主よ、どうかこれから先、10年、20年・・、私たちの国を破滅から守ってください。あなたの愛と平和の御国が実現しますように。キリスト者一人一人を、平和を作り出す者として用いてください。
2013. 10. 25  
色んなことがあって、心がざわめく時は、・・・・静かに、静かに、主の語りかけを待ちましょう。


預言者エリヤは、アハブ王の迫害から逃亡し、四十日四十夜歩き続け、神の山ホレブにたどりつきました。

ボロボロに疲れ果て、不安に押しつぶされ、夜を過ごす・・。

「見よ、そのとき、主の言葉があった。『エリヤよ、ここで何をしているのか。』」と書かれています。

さらには、このように続いていきます。

「主は、『そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい』と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。

主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。

風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。

地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。

火の後に、静かにささやく声が聞こえた。(列王記上19:11-12)」


不思議な場面ですね。

今日わたしはこの言葉を思い巡らし、風が吹き荒れ、地が震え、火が燃え盛ろうとも、・・・静かに、静かに、主の語りかけを待とうという思いが与えられました。


共に祈りましょう。

主よ、あなたの声を聞かせてください。ざわめく心を鎮めてください。今、試練の中にある者を、人知を超えた大いなる御手の中で、大切に取り扱ってください。
プロフィール

勝田台の牧師

Author:勝田台の牧師
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